<THE SONG>1


Prologue <GIVE MY REGARDS TO ”LOST ANGELS”> 
 死。
 死ぬと言うこと。
 甘美な響きを伴い、甘い腐臭を漂わせるその一言。
 古来より、人々は思い続けてきた。死と言うことを。その意味を。その価値を。その理由を。
 生きているものの、いまや唯一の甘美な謎。
 すぐ隣にあり、神経がガラスのように冷たく張り詰めるほどの恐怖を伴いながら、赤い唇で、時にその魂を誘惑する。
 死と言うこと。
 人は死んだらどこへ行く?
 人は死んだら何に生まれ変わる?
 輪廻転生を、信じるか?

 答え。死は、死。
 ただ、それだけ。



Episode<CRYSTAL LULLABY>
 生命の木の下に、一輪の大きな蒼い花が咲いた。狩夢はそれを見つけ、生命の木を見上げた。
 古から長く伝えられた慣習が、始まろうとしている。
 狩夢の長い髪と同じ、どこまでも透明な青に染め抜かれた、数多の花弁を持つ一輪の花。それは、狩夢の腰の辺りまで茎を伸ばし、葉を開かせ、周囲の淡く柔らかな花々とは、印象の違った花だった。
 指先で、その花弁を弄う。花の蕊にたまった真珠色の露が、花弁から滴り落ちる。

「女帝崩御、か」

 狩夢は、密やかにその一言を呟いた。
 彼が夢狩りとして生まれ、夢狩りの首領となってから、初めてのことだった。
 
 今日もまた、誰かが死ぬ。
 世界のどこかで、誰かが死ぬ。宇宙の果てで、誰かが死ぬ。
 誰が決めたのかは定かではないが、誰にもでも課せられた運命。

 死ぬと言うこと。

 世界中で、宇宙の隅々まで、生きとし生ける者は、やがて死ぬ。
 そうして死を迎えた死者の魂が一時的に集い、また旅立つ場所、『ロスト・エンジェルス』。魂が迷わぬように、次の世界へと旅立つ為に、そこには『夢狩り』という人々がいる。一人一人が、魂を狩る為の大鎌を携え、死期が近づいた魂を狩る。

 長く続けられてきた仕事。それ故、例外もある。
 惑星サンクチュアリ。緩やかに流れる大河のように、歴史と文明を育んできたラベンダーの星。単独国家支配制によって、惑星とその惑星の存在する銀河全体を統括する超巨大宗教国家惑星。サンクチュアリ人は皆1000年を越える寿命を持つ長命種、長い寿命を持つ為に、高度な精神文明が発達した。
 その頂点には、5000年以上の寿命を持つ、ただ一人の女帝がいる。その女帝は代々同じ魂を受け継ぐ。生命の木はサンクチュアリの女帝が崩御すると、その足下に蒼い花を咲かせる。蒼い花はその魂を包み込み、再び蕾となって、生命の木へと帰化する。
 いつから、どうして、ともなく、密やかに、しめやかに行われる一連の儀式。密約。狩夢は、初めてだった。

「この、蒼い花は」

 ふと、口をついて呟きが漏れる。

「どんな魂を、誘うのか」

 生命の木の、雄雄しく広がる枝枝から漏れる光が、狩夢の白い顔に滑る。
 蒼い花は蒼く、涙のような蜜のような露を、際限なく零していた。



Episode<ANOTHER ONE BITE THE DUST>
 夢狩り。シュライアも、その一人であった。経験の浅い、年若い夢狩り。彼がその魂と出会い、夢狩りとしての職務への忠実さをいささか失ったのは、必ずしも責められたことだっただろうか。
 
 その魂は、生命の木の根元に、背の高い蒼い花が咲いて間もなく現れた。

 なんて、美しい、魂だろう。
 自身の、燃える緋色の髪に指を滑らせながら、彼は宵闇の紫色の瞳を見張った。
 大きな瞳と、細い鼻筋、小さな鼻。ふっくらとした頬とは対照的に、尖った顎。唇は小さい。それらの顔の造作から、彼は仲間の夢狩りに、「栗鼠みたいだ」と言われていた。「栗鼠」と言う地球の生き物を、彼は見たことが無い。

 健康的な肢体と、シュライアよりもはるかに大人びた、年齢の割には老成した雰囲気に、シュライアは惹きつけられると同時に、羨ましく思った。
 光の加減によって、時には若草色に見え、時には深海のダークブルーに見える、緑がかったブルーグレーの髪。翡翠色の髪留めで緩いリング状に纏めた、ブルーグレーの髪。
 草に降りた朝露でその瞳を染め抜いたのか、ライトエメラルドの瞳。
 赤い蕾の唇とは対照的に、頬は一切の赤味を排除した象牙色。
 赤と緑を組み合わせた上着の裾は五つに分かれ、豊かな腰周りを覆っている。
 肉付きの良い太腿。膝はぐっと締まり、軽く撓る脛と呼応して脹脛は大きく丸みを帯び、足首へ向けてはするりと細い。
 その肉感的な下肢を、一部の隙間も無く密着したタイツが、右足を黒、左足を白く染め抜いている。
 生命の木の周囲に広がる優しい色合いの花園。あらゆる色の花が咲き乱れながら、決して統一を見失わない柔らかな色彩の中で、彼女は目立ちすぎていた。
 それらのことが無くても、シュライアは引き寄せられるように彼女を見つけただろう。音も立てず、風の動く気配もしない夢狩りの飛行で、わずかな影を悟られないように、真上より少しずれて、彼女の後ろに滞空し、ブルーグレーの髪に若草色の艶が走るのを見つめる。

「綺麗だな」

 小さく、口に出して言うと、彼女はあたりを見渡す。こちらの声が聞こえたのかと、小さな唇を手で覆うが、彼女はシュライアのほうへは目も向けない。やがて、かすかな歌声が響いた。
 歌詞までは聞き取れないが、シュライアの知らない星の言葉である。シンコペーションに似たリズムで、声を高く低く、遠く近く飛ばすように歌う。不思議な旋律は、花園を渡る風にぶつかり、柔らかく砕けて波紋を散らす。微笑ともいえないような、微かな笑みで、彼女は踊るように花々の花弁の上を歩む。滑るように、流れるように。ブルーグレーの微風。

「安らぎの歌、かな」

 彼女のすぐ後ろに、骨と皮ばかりの、苦痛のみの記憶を持った魂が、足元もおぼつかない様子で、よろめきながら現れた。彼は、周囲を見渡し、すっかり安堵した表情を見せた。
 天国と勘違いしたのだろう。
 


Episode<THE OLD SONGS>
 優しい歌を歌う魂は、静かに時を過ごしていた。
 夢狩りは、魂の死期だけを知っていれば良い。死期を迎えた魂を狩り、転生へ向けて送り出す。それが、夢狩りの基本的な仕事だ。魂について、余計なことを知る必要は無い。
 しかし、シュライアは、その魂にだけはその基本を貫くことが出来なかった。

「こんにちわ」
 ある日、シュライアはその魂に背後から近寄って、風よりも小さな声で声をかけた。彼女は、そちらを、ちらと横目で見、
「こんちわ」
 と、素っ気無く挨拶を返した。すぐに彼女は前を向いたが、もう一度、横顔が完全に見えるくらいに振り返って、数秒彼を見つめた。ライトエメラルドの瞳が、複雑な光を放ち、煌いて彼を見る。目だけでシュライアを見ていた彼女は、やがて体ごと振り返り、無造作に手を伸ばした。
「凄い色だな、その髪」
 シュライアよりも頭一つ分高い彼女は、くしゃくしゃと指先を絡める。
「よ、止してよ。珍しくなんか無いんだから、こういう色」
 照れて身を捩るシュライアを無視し、彼女は珍しそうに彼の髪の毛をかき回す。
「お前、私のことをずっと尾行していただろう」
 突然言われて、心の中心をぎゅうっと握られたような気がする。
「それに関しては、言い訳することは無いよ」
 彼女の指先を心地よく感じながらも、一歩足を引く。するりと指に絡まった髪が、解けた。

「俺は、夢狩り」
 夢狩り、と聞いて、彼女は無感動な目でシュライアを見る。ただ、シュライアがそこに「存在する」のを確認するだけの目で、彼を見る。
「あんたみたいに、死んでからこの”ロスト・エンジェルス”の世界にやってきた魂を狩るのが仕事だ」
「狩る? お前はハンターか?」
「いいや。一つの世界に属する魂は、その世界の法則に則って、何時かは死ななくてはならない、と言うことさ。あんたは前の世界で死んで此処に来たんだろうけれど、この世界でももう一度死ぬって言うことだよ」

 言い慣れた死の台詞が、シュライアの舌を、唇を傷つける。

「その死期の近づいた魂を狩るのが、夢狩りの仕事。魂を転生させる為に、必要なんだ。あんたの今ある姿は、魂の持っている記憶の姿だから、その記憶を消してしまわないと、次の世界に転生できない」
 彼女は、シュライアの台詞を聞き終えると、おもむろに自分の指先を見つめた。そして、その指先を軽く握ると、
「昔話をしようか」
 と、シュライアを誘った。薔薇色の爪を持った指先に誘われるままに、シュライアは彼女の隣に立った。

「もう、1000年以上前になる」
 彼女は、シュライアが期待したような、あの旋律のような声ではなく、低く谷底を渡る冷たい風のような声で話し出した。
 遠い昔、百を十重二十重に重ねた昔。小さな産声を上げて、高貴な者の浸かる羊水の中で育った、異端の者がいた。異端は安らぎとぬくもりに満たされた世界で育てられたが、異端でしかなかった。呪詛に似た祈りを故郷に吐き捨て、やがてその星を飛び出し、時折望郷の涙を流しながら、様々な惑星の戦禍の中を渡り歩いた。
「最後に辿り着いたのは、地球……。500年くらいは住んでいたんじゃないかと思う」
「そこで、死んだの?」
 率直なシュライアの言葉に、彼女は静かに頷いた。
「死ぬときくらいは、故郷の星へ帰ろうかと思ったが、それ以上に地球には愛着があったし、少ないながら友人もいたし」
「それまでも、帰ろうと思えば星に帰れたんじゃない?」
「もう、帰れない」
 彼女は、ひたと遠くを見つめた。空の色は今日は薄く、ウォーターブルーの地平線は、どこまでも清い。
「帰るには、故郷の星は遠すぎた。死した身では、もう帰れない」
「帰れるよ」
 足元の草をざわざわと鳴らし、シュライアは彼女の前に立った。背の高い彼女を見上げて、シュライアは紫色の目に、強い光を湛えた。
「転生すれば良い。必ずと言う保証は無いけれど、記憶も無いけれど、それでも魂は転生を繰り返し、何時かその星へ辿り着くかもしれない。その可能性がある限りは、あんたは星に帰れる。俺が、保障するよ!」
 シュライアの力強い言葉に、彼女は悲しい笑顔を浮かべた。
「転生か。遠慮しておこう」
 その時、彼女の肌から、微かに死期の匂いが漂った。




>>2
中原さん大好きです!(笑)
ちょっと長かったので途中で切っちゃいました。


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